2006-11-15 自作するのはなぜだろうか・・・_ 自作品 vs メーカー製品。『最近ヘッドフォンアンプを作ってるようだけど、売ってるモノより性能いいもの作れるの?』という趣意の質問をいただきました。 痛っ。 この質問、痛すぎ。 オーディオアンプの自作はかれこれ25年前からほそぼそと継続している趣味のひとつです。はじめのうちはメーカー製のオーディオアンプを買う金が無かったから『自作』を思い立ちましたが、作ってみると予想以上によい音がしたのでびっくり! これが、自作オーディオ界に迷い込むきっかけでした。その後スピーカー、レコードプレーヤー、イコライザアンプと一通り作って一時は全部自作のラインナップで音楽を楽しんでいました。手前味噌ですが、かなり良い音が出ていましたし、私の部屋に聴きに来た友人達も、いつも聴いているレコードを持ち込んでは(こんな音が入っていたのか! と)驚いて帰って行きました。 が、自作を続けていくと、どうしても越えられない線が出てきます。 『性能』をどう捉えるかによりますが、例えば歪率や周波数特性など、測定器で定量評価できる部分に絞って考えますと、結論から言えば、HiFiオーディオ用にちゃんと作られているメーカーの製品と自作品を比べた場合、残念ですが自作品がメーカー製品の上を行く数値を出すことは極めて困難・・・私の技量では、完全に不可能と言って良いと思います。 _ 自作することの意義。私はいろんなものを自作します。 オーディオアンプもそうですが、ラジオやその他の電子工作もそうですし、木材工作などもしますし、デジカメだって作ったことあります。あ、もちろんセンサーとかレンズは作れませんから、そういうのはバラで買ってきて、マイクロビジョンの画像入力ボードにくっ付けて信号処理はPC上でソフトウェア処理です。 自作とはちょっと違うかもしれませんが、昔はフィルムの現像焼付けも自宅で自分でやってました。どんなに注文付けても、お店(プロラボ)じゃ自分の求めるトーンが出なかったからですが・・・ 『どうしてそんなにいろんなものを作るのか?』という問いに、自分自身じつは明確な答えを持っていませんし、明確な答えを出そうともあまり思っていません。ただ、確実に言えることは、『やりたいからやっている』『作りたいから作っている』『納得できる手段がこの世にないから自分でやるしかない』ということです。とにかくどんなことでも、その対象となるものの原理なり仕組みなりを、自分の手で、目で、耳で、肌で、身体で実際に検証してみたい、見てみたい、感じてみたいってことなのです。 まぁ、やってどうなるかっていうと、特にどうにもならないことが多いのですが、満足感という点で言えば、失敗しても成功してもとても大きな満足感、充実した時間を過ごせたと思いますし、失敗した場合はなんで失敗したかを考えるのもとても楽しいです。で、追試して成功すると、『そういうことだったのか』と、これまた納得できてとても楽しいのです。 完全に自己満足の世界ですね。 でも、趣味の世界ですから、自己満足でいいのだと思います。 _ 技術が感性に触れるとき。私の作る自作ヘッドフォンアンプは、マトモなメーカー製品には定量数値では到底勝てないという話をしましたが、じゃぁなんで、わざわざ苦労して作るのかという点について(『作りたいから作っている』という論拠は無しにして)別の側面からお話してみましょう。 ある技術が出した結果が入力される先が「人間の感性」であった場合、必ずしもその性能は定量数値だけでは表現できない部分が多くあります。写真もそうですよね。レンズの解像力や収差の少なさだけでは論じられない「描写」という世界。単なるノスタルジーでは無く、現実の結果として現代レンズより圧倒的に素晴らしい描写をする古典レンズ(クラッシックレンズ)というものは、多く存在します。 オーディオを例にすれば、「素直な音」「原音に近い音」というのは人の好みによらずに、数値である程度不変的に論じることができますが、「良い音」となると、ここには人間の感性、その人の好み、生き様というものが介入してきます。趣味としての活動と捉えた場合、『自分の音』を求めて、いろんなメーカーのアンプやスピーカーを渡り歩き、永遠に自分の音を求め続けている人達は多く居ます。これと同じで、『自分の音』というものを探し求め、私は自作し、回路構成を変えたり、トランジスタをとっかえひっかえしながら試聴を繰り返すのです。周波数特性や歪率云々も、一応測定はします。やはりこういう定量数値というのは大切ですからね。でも、自作している間は、それらの数値以上に自分の耳で聴いた印象というものを重視します。 また、いろいろな回路を組んでみて、その動作を実際に自分で確認しながら、聴きながら熟成させていくという過程もとても楽しいですし、また、自作しなければこれはなかなかできることではありません。 今、私が集中的に実験しているSEPPのOTL回路ですが、これはもう今となっては古典的な回路構成。しかも自己バイアスで温度補償無しです。こんな単純な構成のメーカー製のアンプなんて、今となっては(いや、SEPP全盛の時ですら)絶対に存在しえないでしょう。ただ、だからといって音が悪いのか? というと、そうとは限りません。温度補償無しの回路をパワーアンプ用にリリースするメーカーは皆無だと思いますが、自作ならそれが出来ます。充分に吟味して安全率を見込んで定数設計すれば、必要以上の安全確保はしないで大丈夫なもんです。ここは自作の自己責任ですからね。 回路全体がシンプルになっていくと、物事の真理に近づいていく。素性が出てくるというのでしょうか。 刺身は、近所のスーパーで売っているものでも美味しいですが、築地で試食に出される刺身はもっと美味い。でも、海で自分で釣った魚をその場でさばいて食ったときの美味さは全く異次元。物事の源流、原理原則に近づけば近づくほど、そのもののもつポテンシャルがダイレクトに表出してきます。不要な温度補償やバイアス安定化回路など全部取り払って、これ以上部品点数を減らせないってほど単純化された回路から出る音を聴ける人はそう多くは居ないはずです。釣った直後の魚の刺身を食べるのに同じことです。自作は、そんなことを可能にする醍醐味もあります。 世の中の工業製品の宿命で、製品としての魅力を常に維持しつづけるためには、時として不必要な新技術の導入をしなければならないときもあります。そんなこととは無縁で居られるのも自作のよいところですね。 また、古典的で今は廃れてしまった回路だとしても、その回路を現代入手できるデバイスを使ってみて再評価してみると、また新しい発見があるかもしれません。 廃れたと言えばゲルマニュームトランジスタ。熱に弱い、シリコンに比べて量産しにくい、NPN型が作りにくい等々の理由で今ではすっかり廃れてしまいましたが、シリコンTrの0.6V不感帯に比べてゲルマなら0.2V弱。スイッチング歪や立ち上がり反応速度という点では実はゲルマのほうがシリコンよりも有利な特性なのです。今の製造技術をもって、ゲルマニュームトランジスタを作ってみたらひょっとするとすごい音の良いトランジスタが作れるかもしれません。しかし、そんなことは市場原理からも行われる可能性は大変低く、シリコンTrの0.6V不感帯を前提として回路設計が行われるのです。 計算機で計算する 1 + 1 は、絶対 2 になってくれないと困るわけで、3 でも 1 でもなく、誰が見ても必ず 2 なのです。ここに感性が立ち入る隙はありません。 しかし、アンプを通って、ヘッドフォンで聴くピアノの音は、聴く人によって感じ方は十人十色ですし、同じヘッドフォンでも使うアンプによって音色は千差万別なのです。 自分で作って、自分で検証しながら、自分で聴いて納得できる音を探す。私にとっては本当に楽しいことなのです。 もっと読みたい奇特なかたは、↓の読みたい月をクリックしてね。 |
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