#003極限チューニング法
作成:2009年11月19日
最終更新:2009年11月20日
こんなの誰も作らないだろうと思ってずっと放置状態だった#003の回路図を先日公開したのですが、あまりの反響に驚いてます ^^)
メールでいろいろと、質問をいただいており、個別に回答しておりますが同様の疑問を持っているかたも多いかと思い、また、『#003で最大性能を出す調整方法を教えて』というなんとも嬉しい質問もあり、以下で可能な限りの説明をしたいと思います。
■あらためて#003の設計思想について
#001、#002で自作ヘッドフォンアンプのポテンシャルを実感しつつ、#003の設計を開始しました。設計方針は、『複雑怪奇な現代アンプに真っ向から対決すべく、自作の妙を活かしたアンプを作る! 性能面でも妥協はしない』です。
『自作の妙を活かした』ということで、今の時代、メーカー製ではまずあり得ない、また、今更誰も作ることがないかもしれないような古典的回路でありながら実はトランジスタ的には理想的な動作状態である「シングルA級」を採用した、超シンプル構成アンプを作ってみようじゃないか・・・と思い立ち、試行に試行を重ねながら回路設計を進めるという手法で、出来上がったのが#003です。
簡単に作れて再現性も高いにも関わらず極めてよい音がします。電源電圧を安定化回路を使わず安定化させたり、個人的趣味で2SK30ATMの音が非常に好きなため、2SK30ATMたった一個でいきなり終段を駆動させたりなど、これ以上シンプルには出来ないぐらいシンプルな回路構成になっています。
#003のアンプ回路で電圧増幅しているのは2SK30ATMだけです。全ては2SK30ATMの音を楽しむためのしかけと言っても過言ではありません。
電源回路も古典的でありながら非常に安定した性能を発揮する回路構成としてあります。左右独立トランジスタフィルタ回路ですから、そのへんの市販品にまったく引けをとらない性能を確保しています。
『しっかりコンデンサで直流カットしてますが何か?』と平然と言ってのけることができるポテンシャルを持っています。
■#003の最適化
いちおう回路図のまま作りっぱなしでも充分な性能を発揮できるように定数は設定してあるつもりです。2SK30ATM-GRが思い切りハズれたとしても、1Vのライン入力時120オーム負荷で 75mW の出力が確保できます。120オームよりインピーダンスが低くなれば、さらに大出力になります。こちらで実験したとおりヘッドフォンで通常音楽を聴いているときのアンプ出力は10mW以下ですから、#003が如何にすさまじいパワーを持っているかおわかりいただけるかと思います。しかも、シングルA級ですから極小出力時であっても歪率は増えませんし、実にヘッドフォン向きなアンプであります。
が、それでもさらに究極の性能を求めたい人向けに、以下に調整方法を説明したいと思います。
※1〜※3までの電圧がざっくりほぼ合っていたとして、さらに以下の調整を行った場合、音質がどう変わるのか? 人間が聴取可能な音量の範囲内では、正直差異は判別不能だと思います。特性に変化が現れるのは最大出力時付近の限界点です。#003は上記の通りすさまじいパワーを持っていますので、この回路が最大出力で動作することは、普通のヘッドフォンで人間が鑑賞する限り間違いなくあり得ません。
ですから、まさに『労多くして功少なし』の部類に入るチューニングとなります。が、それでも究極を突き詰めたいと思うのが人間の性。私もそういう部類の人間です。生きるのが不器用なんですかね ^^)
■2SK30ATM-GRの選別
全てはこの2SK30ATM-GRにかかっています。電源回路の安定化までもが実はこの2SK30ATM-GRの定電流特性によっているのです。
というわけで2SK30ATM-GRの選別は必須です。方針は2つあります。
参考:Idssの測り方。2SK30ATMは50Vまで耐えるので、電源は#003のどちらかのchの電源部B+ラインからの供給でOKです。
○方針1:2SK30ATM-GR大人買い
『2SK30ATM-GR を10個(20個でも30個でも気が済むだけ)ください!』と言って買ってきます。100個だと安くなるのであれば、まとめて100個買うつうのも大人の正しい作法です(私はそうしました)。
大人買いした2SK30ATM-GRのIdssを片っ端から測定し、同じもの同士0.1mA単位で選別します。測定方法はこちら。もし、電圧でなく電流値を直読しようとする場合は、電流計は必ずドレイン側(B+ → 電流計 → 2SK30ATM-GR という順番)に入れてくださいね。電流値直読の場合は、1Kオームは不要です。
で、Idss : 4.6mA ぐらいのものを2個選びます。
次に、選んだ2個それぞれ、ソース側に 2.2Kオームを入れて、Idss測定と同じ方法でドレイン電流を測定します。0.7mA 前後であればOKです。もし、0.7mA 前後(0.67〜0.73mAぐらい)にならなければ、0.7mA 前後になるように、ソースに入れた 2.2Kオームを調整して最適値を探してください。
Idss : 4.6mA ぐらいのものが無ければ、一番近い2個(この2個のIdssは揃っている必要がある)を選んで、ソース抵抗を可変してドレイン電流が 0.7mA 前後になるような抵抗値を探します。
2個のソース抵抗は、同じ値である必要があります。これが異なると左右で音の大きさが変わってしまいます。
○方針2:2SK30ATM-GRにあわせる
3個以上持っている場合は、Idssを測ってなるべく近い値のペアを選んでください。
次に、2個それぞれ、ソース側の抵抗を 1.0〜3.3Kオームぐらいの間で変えてみてドレイン電流を測定します。0.7mA 前後になるような抵抗値を、探してください。
2個のソース抵抗は、同じ値である必要があります。Idssのばらつきでどうしても同じ抵抗値だとドレイン電流が揃わない場合、ドレイン電流が多少ずれても構わないのでソース抵抗値をそろえてください。これが異なると左右で音の大きさが変わってしまいます。
2SK30ATM-GRの選別ならびにソース抵抗値の決定が終わりましたら、決定されたソース抵抗値をあなたの#003の実装回路とします。当然ですが、ソース抵抗値は今回選別した2SK30ATM-GR専用のものとなります。
なお、ソース抵抗値を探るためにここに5KぐらいのVRを使う方法はありですが、半固定VRなどでドレイン電流を調整後そのまま実用に供することは絶対避けてください。ここは、音質をきめる極めて重要なラインであり、また、0.7mAといえども電流が流れていますのでVR等ですと接点の表面酸化やガリオーム化で必ずイヤな目に遭います。さらに、万一このソース抵抗が接続断してしまうと、※3の電圧が一気に上昇し、終段トランジスタならびに62オームセメント抵抗が大変危険な状態に陥ります。くれぐれもご注意ください。
■負荷抵抗の選別
ソース抵抗と同様に重要なのが、2SK30ATM-GRのドレインに接続されている10Kオーム負荷抵抗です。ここにはじめから誤差1%の金属皮膜を投入していれば、調整の必要はありません。
ここに普通のカーボン抵抗を使っている場合、案外ばらつきがありますので究極を求めるなら選別が必要です。
デジタルテスタをお持ちであれば、抵抗測定レンジにして手持ちの10Kオームを片っ端から測定します。で、なるべく10Kオームに近く、そろっている2本を選別します。これを、あなたの#003の10Kオームとします。
キンピは高いと言っても誤差1%でも1本数十円ですから、選別するぐらいならはじめから1%買っちゃったほうが、いいと思います。
トランスに指定の菅野SP-2005を使っていて、かつ、その他の部品(主に抵抗器)の定数が指定どおりであれば、これで※1〜※3の電圧はほぼ期待値におさまるはずです。
これであなたの#003は、究極性能状態となりました。
■電源電圧の調整
2SK30ATM-GRの選別ならびにドレイン電流の最適化を行っても※1〜※3の電圧が期待値にならなかった場合、または、『菅野SP-2005以外の電源トランスを使いたい場合』は、以下に示す電源電圧の調整を行ってください。
トランジスタが#003と違いますが気にしないでください。
※3の電圧を測定します。
ここの理想電圧は、8.7〜9.0 V です。
※3が12.0Vよりも高い場合
指定部品で作れば通常あり得ない状態ですが、電源トランスが異なった場合には、あり得る値です。
上図にはありませんが、電源部の平滑コンの間に入っている 8.2オームを増やすことで、電圧を下げます。一気に※3を9Vにまで下げるのは無理があるので、まずはこの8.2オームを増やして、※3を11V台にまで下げてください。そのあとは、以下の※3が10.0Vよりも高い場合の対策を行います。
ここの8.2オームを増やす目安ですが、1オーム増やすと0.15Vぐらい※3の電圧が低下します。
電圧ドロップ分は全部熱になりますので、抵抗のワット数にはくれぐれもご注意ください。20オームまでは指定の5Wのままで大丈夫ですが、相当発熱します。抵抗周囲の部品配置にはくれぐれもご留意ください。
ここを20オームにしても※3が12Vを割らない場合は、その電源トランスの使用は諦めてください。
※3が10.0Vよりも高い場合
上図2箇所の抵抗を両方増やすことで、電圧を下げます。目安ですが、両方1オーム増やすごとに0.2Vぐらい※3が低下します。
アンプ部Rの消費電力には注意ください。ここは1W指定ですので、連続0.3Wを超えると発熱が心配です。15オーム以上で0.3W超えます。そこまでドロップさせねばならぬことは無いと思いますが、ご注意ください。
※3が9.0〜10.0Vの時
アンプ部Rの抵抗を増やすことで、電圧を下げます。目安ですが、1オーム増やすごとに0.1Vちょい※3が低下します。
※3が8.7V以下の時
上図にはありませんが、電源部の平滑コンの間に入っている 8.2オームを減らすことで、電圧を上げます。
目安ですが、1オーム減らすと0.15Vぐらい※3の電圧が上昇します。ただし、4オーム以下にはしないでください。4オームまで下げても※3が8.7Vに達しない場合はなにか変です。電源トランスの容量不足か、2SK30ATM-GRのドレイン電流が0.7mA以上流れているかのどちらかです。
■おわりに
#003調整のキモは、2SK30ATM-GRのドレイン電流の管理です。ここさえ決まればあとは指定部品を使う限りほぼ理想状態で動作するハズです。
終段のダーリントン接続トランジスタもエミッタフォロワとして動作していますからトランジスタが持つ性格は、回路の動作状態にはほとんど現れてきません。代替品を使ったとしても、各部の電圧値はそれほど大きく変化しません。
非常にシンプルな回路ですから、音質はまさに無色透明です。だからこそ、最後になりましたが入力のボリュームと出力の電解コンデンサには、ぜひ良い物を使ってくださいね。
■おまけ
LTSpiceで起こした#003等価回路をおいておきます。
付属のreadme.txtを必ず読んでくださいね。LTSpiceへの部品の追加方法が書いてあります。これをしないと動きません。
LTSpice用#003等価回路
■2SK30ATM-GR以外の石を使うには・・・(2009.11.20追加)
だから駄目です。許しません ^^) どうしてもというのなら、勝手に設計変更してください。どーなっても知りません。
以下、ヒントです。これ見てわからない場合は、やらないほうがいいです。
電圧管理を#003オリジナルのまま石だけ換装したい場合、はじめに、使いたい石のドレイン電流を決めます。データシートとにらめっこしながら負荷線引くなどして、よい音しそうなドレイン電流を決めます。
終段Trはダーリントン接続で hfe:10000 ぐらいは充分期待できますから、ドレイン電流は相当絞っても大丈夫だと思います。#003の2SK30ATM-GRは、0.7mAで駆動しています。
ドレイン電流が決まったら、電圧降下7Vになるような抵抗値を求め、それを、ドレイン側に入れる負荷抵抗値とします。
これで※3が、だいたい9Vになるでしょう。
使いたい石が VDS = 10V ぐらいでちゃんと動きそうにない場合は、#003の回路のままでは駄目です。
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